大学(就活)へは目標を持って
大学で得たもの、無し!!
こんな人間にはなるな
僕は今でも後悔しています。なぜ、あの時工学部を選んでしまったのか。いや、なぜもっとしっかりと受験について考えなかったのか。いやいやなぜ、あんないい加減な指導しかできないダメ高校を選んでしまったのか。いやいやいや・・・、と圧倒的に後悔しかしていません。
そんな反面教師としてのお話です。これを読むことで、こうはなるまい、頑張ろう、と焦りを覚える人がいてくれたら幸いです。
意識の高い、大学はこう選ぶべし!みたいな内容ばかりじゃツマランでショウ。
無味乾燥な毎日
大学というのはそもそも、少数の勉強したい人間達が集まってできたアカデミアだったかなんかが語源らしいです。ちなみにschoolの語源は暇人を意味するギリシャ語だとかなんとか(笑)
だから、大学ってのは、何かやりたいことのために行くべきなのです。僕にはそれが無かった。目標無し、夢無し。単に時間が流れるだけの毎日。それはもう自堕落でした。パチンコ、麻雀にはまり、ただただバイトする日々。単位だけは落とさなかった辺り、えらくね。
恩師?なにそれ?
よくインターネッツなんかを見ていると、「大学時代の恩師に感銘を受けた」、だとか「大学時代の先輩に感化され」とか、そういうのを見ますが、そんなのも皆無。正直、工学の何が楽しいのかまったく分からなかった上に、僕の担当教官(あえて教授などとは呼ばない)は人間味が皆無であり、工学部碌な奴がいねえな、としか思えなくなりました。揚げ足取りのような学会に、意味の分からない研究。本当につまらなかった。
適当に大学院へ
そもそも所属研究室を選んだのは、悪友M君のせいだったわけですが、そこは30ほどある研究室の中でも圧倒的不人気の極みでした。それでも、なるべく楽に選びたかったのでそこにしたのです。結果、つまらない。そりゃそうだろ馬鹿か僕は。あまりにもつまらないので、僕の修士論文は加筆10ページのみ。良く通ったなと自分を褒めてやりたい。ちなみに、全部で40ページ。たぶん、最少記録。
当時、研究室にはうだつの上がらない先輩がおり、この人終わってんな~と毎回思っていましたが、そういう人に限って博士課程に進んでみたりして、ああ、こういう人が教授になるのか、ととても納得しました。大学ってのは権威主義でして、えらそうな教授が自分語りしてたりして。そういうのも嫌で嫌で仕方なかったなあ。こっちは客だぞ。真面目に仕事しろ。
適当な就活
そんなダメ人間序列1位の僕でしたが、いわゆる難関大学はそれだけで一流企業というものに入れてしまう。工学部になると、企業推薦があるので、僕はほぼ何も就活をしませんでした。面接練習は一度もせず、企業研究などするはずもなく。
一度だけ合同説明会にも行きましたが、どこも見ずに帰るというダメっぷり。正直、大手商社とかに名前だけ見て群がる、自分のレベル考えてる?って人たち見ていると寒気がするわけです。よく考えると、彼らも僕と同じだったのかもしれません。やりたいことがないから大手病になる。
そして、なすがままにM君にそそのかされ、某世界的FA企業を選んだわけです。クッソ激務、されど金は良い。どうせ続けるつもりもないから、そこでいいやと選んだわけです。結果、3年で辞めることに。そりゃそうだよ阿呆か僕は!!
友人は出来たので良いか
そんな僕にも、気の置けない仲間が出来たことが唯一の救いでしょうか。昔はそれでも結構友人と言えそうな人もいたけど、1人、また1人と疎遠になっていき、今では片手で余る人間としか関わっていません。でも、それで十分。あの頃のみんな、元気かな~。
ここに関しては、今までの人生の選択肢を少しでも変えれば出会えなかったわけですから、まあ、後悔するほどでもないかな、と思ったりもするわけですね。な~んだ、意外と幸せじゃないか僕は。
まとめ
夢を持とう。それを追いかけるのが大学です。そのために、しっかり勉強して、高級な研究が出来る大学を目指しましょう。ついでに、その先に待つ数多の企業の中から、良さそうな所を選べるとなお良さそうです。
そして、どれだけ失敗しても、僕みたいにダラダラ生きては行けますので、あまり根を詰めずに生きてみるのもまた、面白いかもしれません。
そんな僕はいま、足掻いて足掻いていろいろ勉強しています。頑張るぞ!