あと9か月。

2001年12月6日木曜日。無宗教は最悪の宗教家?というテーマの授業が行われました。

大学の授業録の本を再び入手しました。最初に購買で買った本は祖父が持って行きました。

ある日、大学にいると、学科の友人が、僕にいうのです。「管理人くん、奥崎先生の本を買わないとならないね」。はあ、何のことだかさっぱりわからないのでしたが、購買へ行って友人に言われた奥崎先生の本を探してみたらありました!何と僕の意見が採用されて、その本に載っていたのです。

マイケル・サンデルがNHKだったかどこかで取り上げられて日本でも有名になりましたが、サンデルが有名になる以前から、サンデルがやっていたような授業を奥崎先生はなさっておりました。最初は苦痛で仕方なかった「東洋史概説」という授業なのですが、1年後には最も刺激的な授業だと痛感するようになり、翌年は違うタイトルの授業を履修し、さらに大学4年の時にはもう一度1年の時にとった東洋史概説を受けるということまでしていました。サンデルが学生と討論しながらそれに応えながら授業をしていましたが、奥崎先生は学生に授業の感想や先生の考えを超える意見を書かせ、4回目の授業でそれまでの感想意見をまとめ発表しコメントを加えるというもので、さらにそのまとめの授業でも感想意見を書かせるというものでした。しかし、これが東洋史なのか一体何なのか意味不明な授業な訳です。普通学生が東洋史といったら、チャイナの歴史を延々と聞かされることをイメージします。ですが、奥崎先生の授業一向にチャイナに詳しくなる気配がありません。チャイナの話から、アジアへ、世界へ、思想哲学へ、そして現在へと、一体何をしているのでしょうか。謎です。ですが、1年くらい経つと、奥崎先生の言っていたことがわかるようになるんです。でも、チャイナの歴史がわかるわけではありません!史学科の「東洋史の概説」という名目の授業としてはダメな授業のはずです!ですが、4年間の授業の中でも一番強烈なものでした。ボディーブローのようにきいてくるもので、この人が歴史を最もわかっている人なのではないか、そして僕が思っていた歴史学の限界を壊して、今辿り着いている地点に持ってきたのはこの人のせい(いや、「おかげ」と言ったほうが正しいですね)なのではないかと思います。

奥崎先生がご存命であらせられれば、86歳になられます。ゼミの先生は院にくれば博士号までは出してやるよ、とおっしゃっていましたが、そんなにありがたい先生を差し置いても、卒業時の謝恩会で御挨拶に伺おうと思っていたのは奥崎先生でした。いや、ですが、大学でいちばんの尊敬する、圧倒される方にそう軽々しく声を掛けられるかと思って結局お話しする機会を逃したまま卒業しました。ああ、もったいない。博士号も…

2001年12月6日木曜日。その日の授業のテーマは宗教だったか。その時の感想。「『ヘーゲルは国家の土台は宗教だ』と言った。マルキシズムにかけている宗教と日本にも欠けている宗教。この点で、日本は共産主義国とは一致している。果たして、日本が世界における精神退廃を阻しできるか?ヘーゲルから出たマルクスは、結局ヘーゲルには勝てなかった。〜』引用終わり。いや、授業中は急いで感想を書いたので、脱字や変換がうまく行ってませんね。精神退廃→精神的退廃、阻し→阻止ですねん。

ここで切られていたのですが、たしかその時の記憶を手繰り寄せると、省略された箇所の方が本人としては大切だと思って書いたんです。うろ覚えですが。マルクスは大手をふって世界を席巻し、不幸を撒き散らしたけれども、所詮はヘーゲルの理論の中で踊っていたに過ぎない!ということを書いていたような気がする。その時、ヘーゲルの何かを読んでたんだよね、たしか。

ですが、奥崎先生には引用された部分の方が重要だったようです。どこが引用されていようと、発表されることの方が嬉しかったので良かったです。まとめの授業でどんなコメントをしてくださったのか記憶にないのですが、不快な感情になったことはなく、楽しかった記憶があるので、まあ良かったのでしょう。

その授業録とでもいうような本を再びに入手して、パラパラとめくってみると、なんとまあ、当時の自分の頭の悪さを反省するしかないですね。今力を入れて勉強していることを、20年前に奥崎先生がお話しくださっているではないですか。

ちなみに本のタイトルは『日本の黎明』です。この本に挙がっている名前を見ると、アイツだとわかるのが楽しいですね。そして、本屋さんで手にすることはできないけれども、なかなか熱い内容の本ですな。なんで、ベストセラーにならなかったのだろう?もしかしたら、僕の名前、メジャーになりまくってたはずなのに。20年前よりは先に進んでいるはずだけれども、学ぶことのある本です。

月末はオンガク10

月末はオンガクを始めてから10回目の投稿です!ですが、まあ、ここ数ヶ月、月一唯一の投稿になってますが。勉強備忘録のはずなのですが困りました。

今日はクラシックではなくて、こちら。メカネロというバンドの『カーテンコール』をご紹介いたします。

メカネロは1999年多摩ニュータウンの一角で結成されたバンドです。メンバーは以下の構成。

 ・大森まり子[ボーカル]
 ・真嶋信二[ギター]
 ・林英樹(ベース)
 ・藤田優(ドラムス)
 ・柏井万作(シンセサイザー、エフェクト)

確か、大森さんの前のボーカルの方の歌が僕が聴いたメカネロの声だったと思います。

熱心な音楽好きではありませんが、大学で音楽をやっていた万作くんとたまたま知り合ったところから、このバンドを知りました。メンバーの万作くんが大学にいたんです。同じ学部に。そこで、大学の4年くらいでしたか?ライブを聴きに行って素敵な曲に出会ったわけです。もちろん、今日ご紹介するカーテンコールの他の曲も素晴らしいのですが、それを差し置いても素敵な曲です。そして、メカネロのライブパフォーマンスではギターの真嶋さんの演奏がなんと楽しそうなことか。演奏姿を見るだけで、演奏の楽しさが伝わってきます。暑っ苦しいパフォーマンスではなくて、本当に楽しそうに音楽してるなぁという演奏姿なのです。動画でもその一端が確認できると思います。

さて、そのカーテンコールの一体何が印象的だったのかというと、専門的になんというのかわからないのですが、「メロディーを重ねている」ところなのです。この気持ちの良いこと。では、カーテンコールお聞きください。

万作くんは現在こちらで活躍中。https://www.cinra.net

ドラムのUさんは叩き語りで2021年5月にソロデビューとのことです。おめでとうございます。https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/27664

月末はオンガク9

どうやら先月の月末投稿の番号が間違っていたようで、先月が「8」で今月は「9」ですね。毎月恒例の月末は何としても死守!明日から2月です。2月というと、記憶に残っているというか、何かと混同しているのかもしれませんが、この曲にしようと思います。『La Campanella』です。ご紹介するピアニストユンディが確か2月あたりの「題名のない音楽会」に出演していたような気がするのです。記憶違いかもしれませんが。2月といっても、もうだいぶ前ですね、2003年あたりでしたか?

この曲を作ったのは、19世紀ハンガリーに生まれたピアニストで作曲家フランツ・リストです。リストはピアニストとして活動していましたが、ピアニストでは自分が死んだ後は何も残らないということで、曲を作りました。音源は残せなかった時代ですが、楽譜は残すことができましたからね。リストの曲は難曲として有名ですが、彼自身が自分の演奏会を華々しく盛り上げるために書いたわけです。そしてその難曲を弾きこなすリスト自身も超絶的な技巧を持っていたピアニストなのです。ピアノの魔術師という異名を持ちます。

ラ・カンパネラはイタリアのヴァイオリニストであるニコロ・パガニーニに原曲があります。ヴァイオリン協奏曲第2番の終楽章を編曲して「パガニーニによる大練習曲」が出来上がりました。

カンパネラの演奏は多くのピアニストが録音しておりますが、僕のオススメはこの二人です。2000年のショパンコンクールで優勝した、ユンディ・リとフジ子・ヘミングです。フジ子・ヘミングの演奏はよく知られているものですね。魂のピアニストと言われますが、本当に素晴らしい演奏を録音しています。フジコヘミング はテンポはゆったりめですが表現力がとてつもない。ユンディは標準的なテンポだとは思いますが…うまい!の一言に尽きます。

https://youtu.be/9t1qwjdGEY8

年末は京都でオンガク8

今月の初投稿は、今年の最後の投稿ですね。ということは、今月は全く勉強が進んでいないということです…。

さて、今日は昨年にできなかったことを実行中です。去年はYouTubeのライブ中継で、大晦日を京都ですごしましたが、今年はちゃんとやってきました。ライブ中継を見ているのではなくて、現地です。ゆっくりと過ごすつもりが、久しぶりの京都で、やはりあちこちへと出かけてしまいます。いやぁ、寒い。

武漢ウイルスのおかげで色々影響が出ていますね。拡散させた元凶は一向にたたかれませんが。今日までに見に行ったところでもいくつか、拝観停止のところがありました…。

これは、東福寺の通天橋(写真真ん中奥の方)です。秋の紅葉の季節はもみじがきれいなようです。赤い紅葉もいいですが、春の緑のもみじも新緑の新鮮さがいいですよ。
そして、こっちか今回のです。冬なので、葉っぱがないのと、通天橋に行けなかったのです。この上の写真もほぼ同じところから通天橋を見たものですが、上の写真の時はウイルスもおらず拝観できました。
そして有名な鹿苑寺金閣。屋根には夜に降った雪が少し残っています。見に行った時も雪は降ってました。それにしても金ぴか。
こちらは慈照寺銀閣。ここにたどり着くまでの道もきれいなんですよ。
もう一つ銀閣ですが、建物だけのショットもいいのですが、銀閣の手前に移っていて松がかかっている砂山、これ向月台というのですが、なんともいい味を出していると思いませんか?
これは、南禅寺(京都の臨済宗のお寺の中で別格の上位)の山門正面ですこの石段、画像で見ると傾斜をそれほど感じませんが、実際はかなり角度ついているんですよ。
こちらが、南禅寺山門の裏側です。この山門に登って高いところからみられるはずなんですが、拝観停止になってました。ウイルスめ。

最後にゆっくりと京都へ来たのからだいぶ時間が経っていて、頭の中の地図が怪しくなり、北へ南へ東へ西へと歩き回っていました。が、今日から気温が一桁になり寒い。昨日まではなんとか10度をこえていましたのに。マフラーやセーターを忘れるという狂気で、厚手のジャケットとコートで寒さはなんとか防げます。マフラーを買う羽目にはなりましたが。一桁は寒いですね。

さて月末ですので、音楽も。京都と言えばあの音楽です。関東に住んでいたらきっと聞いたことがあるはずです。JR東海が「そうだ京都、行こう」と誘う、あれです。95年のなつのCMでは私の好きな場所「青蓮院門跡」がポスターになっておりました。その時のキャッチフレーズは「真夏ですと言っているのは、温度計だけでした。」「そうか、しーんというのが一番涼しい。」です。ええ、冬、かつ武漢ウイルスによる観光客の減少で静けさはいや増しに増していました(笑)それにしても静かでいいところでした。

では、My Favorite Things と CMです。

月末はオンガク7

今月はこれ!次の月末は12月31日なので、過ぎてしまう前に。アドヴェントも昨日からなので問題なし。

大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』は1983年5月28日に公開されました。ビートたけし、坂本龍一、デヴィッド・ボウイらが出演していました。あの、坂本さんが俳優として出ていたんです。たけしと教授(坂本龍一のこと)は「監督に怒られたら帰っちゃおう」と言っていたと。二人は役者ではないからそんな演技を求められてもというのがあったようです。最後のシーンが好きです。「ローレンス!メリークリスマス、メリークリスマス、 Mr. Lawrence.」ということで今日ご紹介する曲はこれです。

「Merry Christmas, Mr. Lawrence」、これは多くのバージョンがあって悩みますが、ピアノで聞いたことある方が多いと思いますのでアルバム「coda」から。「04」というアルバムにも収録されていますが、「coda」の方がピアノの響きが良いので。もちろん「04」にはなんらかの意図があるはずですが。

月末はオンガク6

早いことで10月ももう終わりでカレンダーは残すとこあと2枚ですね。今日ご紹介する音楽は、2楽章で30分弱の曲ですが、2楽章のショートバージョンです。お気に入りになりましたら是非、全曲を通して聞いてみてください。今日はまず楽器の紹介から始めます。
FAZIORIというイタリアのピアノです。世界のピアノメーカーでは、STEINWAY(アメリカ)やBösendorfer(オーストリア)といったところが有名で老舗ですが、このFAZIORIはイタリアの家具屋さんだったピアノメーカーです。家具を作るので、木にとても明るい。それでピアノを作ってみようというところから始まったようです。ピアノの世界では新興のメーカーです。1981年に創立ですから、ヤマハやカワイよりも新しいわけです。このFAZIORIはイタリアのピアノということで、音の特徴は「明るい音」と言われます。2010年からショパンコンクールでも使われるようになりました。
今日のピアニストはポルトガル出身のマリア・ジョアン・ピリスです。彼女はすでに引退を表明して公の演奏活動はしていません。ショパンのノクターン2番(月末はオンガク1)を彼女の演奏で聴くと譜面どおりの正確さでありながらもその息づかいというか、「間(ま)」が自然であり、息を呑む美しさなのです。さらにピリスは、僕の苦手なモーツァルトの演奏で非常に有名な演奏家です。
あの2011年に僕は彼女の演奏を聴くべくチケットを取っていたのですが、東京電力福島第1第2原発の事故の影響によりコンサートが中止になるという憂き目に遭いました。時は流れ、ある時何気なく調べていたら2017年の12月に「ピリス引退」のニュースを発見し急いで公演を探すと東京と大阪の公演を見つけました。東京はサントリーホールでモーツアルトという僕の苦手な組み合わせのオンパレードでした(サントリーホールはピアノの演奏でいい思い出がないのです)。しかし、そんなことは言ってられない、二度とライブが聞けなくなるなら一度は聞いておかなければという思いで公演を検索すると、幸か不幸かさすが東京、すべて売り切れていました。そこで、大阪公演を検索したら、なんとまあチケット残ってるではないですか!しかもシューベルト!ピリスのシューベルトか、悪くないぞと思い頭の中をシューベルトに切り替えていたら、コンサートが近づくとベートーベンのソナタ、悲愴、テンペスト、32番の3曲に変更。ううん、正直困った。悲愴やテンペストはある意味聞き飽きているというか、ありきたりという感じ。そして、32番て「ハンマークラビーア」だっけ?なんて思っていたのですが、調べたらハンマークラビーアではなく、最後のソナタでした。ハンマークラビーアは29番でした。そんなことがありまして、まあ、アンコールで幻想即興曲とか幻想ポロネーズ(アンコールには重い!)かなんか弾いてくれるだろう、なんていう浮ついた気持ちで行ったわけなのです。公演が始まるとその1音目から僕の浅はかな考えは砕け散りました。1楽章ずつ終わるごとにこの宝石のような時間の終わりを感じずに入られませんでした。だんだんとプログラムは進み最後のソナタ32番です。1楽章。そして最後の2楽章。ソナタ32番の1音目からもうダメでした。そして演奏は進み、

音楽が見えた…という二度目の経験です。一度目は、初めて聞いたフジ子・ヘミング。そこにはただ、美しい音楽がある。それだけなのです。

ピアノはファツィオリ で、ポルトガル出身のピアニストが弾くベートーベンのソナタ32番2楽章をご紹介したします。クラシックがジャズに聞こえる名演です。ジャズに聞こえたらクラシック失格でしょうが素晴らしい演奏の一つです。どうぞお聞きください。

ひとりごと

勉強が進んでいくとさらにもっともっとやることも増えてきますね。終わらない終わらない。来月初頭には大きな変化があるのかないのか、ドキドキします。
ですが、わかったことは、変わろうと変わるまいと確固とした土台があれば大したことはないのです。
結局、歴史の話を書いてしまいそうです。
日清戦争、北清事変(義和団という拳法団体がが中国で外国人排斥運動を始めてそれが国どうしの小競り合いに発展した事件)、日露戦争を経て、幕末に結んだ不平等条約を改正することに成功しました。
日露戦争あたりでは、日本の立場は国際政治でいう主体(Actor)でした。さて現在は…
アジア太平洋においては、チャイナとアメリカがActorで、日本はTheater(場)でしょうね。
彼の国の大統領選でどちらが勝つかばかり話題になっているようです。どちらが勝とうが、それでどうするか、何ができるか、ということを話題にした方が健全というか、賢いように思えます。どうする?と考えていれば、おのずと自分から何かをするActorになっていけるはずです。
Theaterであるということは、何もできないということです。それよりも自ら自由に何かができる方がよほど楽しいように思えますが、いかがでしょうか。

では、今日も勉強、明日も勉強、毎日勉強!

過去の出来事から現在を見て、感想としたら、今日の投稿は、学びの成果!と言えますかね。

書評のようなもの。

前回の記事にあげました、井上寿一『第一次世界大戦と日本』を読み終わっての感想です。この本は、第1次世界大戦周辺の日本を中心に関わりのある世界情勢を描いています。そして、その時代を政治・外交だけでなく、社会や文化も書かれています。短い文の積み重ねで、リズムよく読めるます。あまりにも専門的過ぎることは出てこないので読みやすい本であることは確かです。
政治・外交・軍事・経済・社会・文化に分けて大正時代を描いています。政治外交軍事に関しては、前回の記事を踏まえ物足りないのですが、経済社会文化に関しては、非常に面白く読めました。こちらの部分は自分の知識が足りないこともあるのだと思いますが、この手法はブルクハルトの『イタリアルネサンスの文化』に通ずるものがあります。ブルクハルトのこの本は、時代の様子を読者が眼前に映像として再生できるように説明しているのですが、まさにそんな感じです。
大戦景気、格差社会、都市問題この辺りは勉強になりました。成金の出現とその後の不景気への対応、都市の職業の中での格差と地方の格差など。教科書や受験問題では登場しない部分を提示することで、時代の像がより鮮明に見えるようになりました。といっても、まだたかだか一冊の本を読んだだけなので、たかが知れていますが。
歴史は政治外交経済がメインストリームですが、そこから漏れるところを知ることでより時代の像がくっきりと姿を現します。僕は、こういった政治史中心の歴史をミクロヒストリーと呼びますが、この本はマクロヒストリー(政治外交だけでなく、その時代の様子をくっきりと描くため、多くの人間の視点を集め、文化社会までを包含した歴史)を描くチャレンジ作であったと思い、楽しく読めました。

成長の兆し?

今日は読んでいる途中の本と、成長の成果を目視できない頭のことを徒然と。
井上寿一『第一次世界大戦と日本』講談社現代新書を読んでおります。1914年前後からの話で、日本では大正時代のことです。高齢76歳の大隈重信さんが二度目の首相を務められ、第1次世界大戦に参戦することを決定しました。
さて、本の内容なのですが、サラサラと短文で当時の状況をまとめているのは良いのですが、どうも繋がりがよろしくない。まだ読み始めて100ページにも満たないのですが、自分の知識と照らし合わせてしっくりこないのです。
第2次大隈内閣では、対華21ヶ条の要求を袁世凱(えんせいがい)政府(チャイナ)に提出しました。その背景には、チャイナの混乱ぶりがあり、国際法を守らないという事実があったはずなのに、その点はほぼ無視。さらに、その後この要求を受けてアメリカとの関係が悪化していくのですが、そこに石井ランシング協定が結ばれ、アメリカの動きを抑えていくはずなのですが、無視。
はて、どういうことでしょうか。
さらに、脱亜論の評価がおかしい。なぜ福沢さんはアジアの悪友を謝絶したのか。福沢さんの行動を見ていたらその理由も納得なのですが。福沢さんは、身銭を切って朝鮮の近代化を応援しており、留学生を育てておりました。その留学生が無残にも殺されて、脱亜論が書かれるのです。
井上寿一さんは脱亜論は蔑視という視点で書かれておられるようなのです。確かに明治時代に生きた一般人には、福沢さんの書いた文字上の意味しか受け取れず判断(朝鮮を蔑視)をしていたとしても、実際はそうでないことに触れるべきではないでしょうか。

なんともフワフワした本ではありますが、批判的検討という意味で読み進めていき、かつ自己の認識の欠点も見つめてみたいと思います。こういう風に歴史を眺めることができるようになったのも、知識がついてきた証拠と思いたい!しかし、まあ、知らないと何もわからず、ただ「そうなんだー!」で終わるのが歴史なのですが、事実を突き合わせてだいぶ考えられるようになってるじゃないか。15年前にこのくらいできてたらなぁ。それにしても、いい教材が巷にうようよしているおかげです。

月末はオンガク5

9月も今日で終わりですね。今日はバッハをご紹介します。バッハと言えばピアノを習っていた方ならあの、練習用音楽「インベンションとシンフォニア」が浮かぶかもしれません。左手が伴奏ではなく旋律を奏でる音楽です。右手と左手どちらも旋律!対位法という作曲技法があるのですがバッハはこれを極めた作曲家です。ショパンやリストのような華やかさはないけれども、バロックの傑作音楽をたくさん作りました。その中から、パルティータ第2番を今日は取り上げます。

バッハの演奏家といえばもう有無を言わさず、グレン・グールドなのですが、パルティータ2番ではこのかた、マルタ・アルゲリッチ が僕のおすすめです。Evening TalksというDVDがあるのですが、この中でアルゲリッチが話している時のBGMのような感じで流れていたものを聞いて衝撃が走りました。その映像の中で、アルゲリッチは「あなたのバッハはスウィングしている」と言われたことを話していました。スウィングするバッハ。バッハって1700年代の人間なのに。どういうことだ?という気持ちで引き込まれた名演奏です。6曲構成になっていますが、動画は5曲目のRondoと6曲目のCapriccioです。Capriccioが逸品!ちなみに動画は、Evening Talksのものではなく、スイスのスキーリゾート地のヴェルビエで夏に開かれる音楽祭のものです。2008年の演奏です。